草薙の研究ログ

英語の先生をやってます。

「反応時間がはやい」のカテゴリー錯誤

2018年もまた見てしまった…

はやい反応時間という表現。これが,外国語教育研究を含むある種の学術領域において,かなり慣習的な表現になっていることは知っている。たとえば,google scholarで以下のような表現を検索してみると,かなりの件数が表示される。興味ある方は試して欲しい。

  • 早い反応時間
  • 速い反応時間
  • 遅い反応時間
  • 早い応答時間
  • 速い応答時間
  • 遅い応答時間
  • fast response time
  • fast reation time
  • slow response time
  • slow reaction time
  • fast response latency
  • slow response latency

日本語に限ったことでなくて,英語だと数千件ずつヒットするような具合だ。このような表現が慣習的に使用されていることは紛れもない事実だとしても,このような表現に私は違和感を感じる。そして,非常に誤解を招きやすい危険な表現だと思う。ちょっとここでこれに関連することを整理したい。

速さ,道のり,時間

速さ(speed)は,単位時間あたりの物体の位置の差(距離)だ。小学校で誰もが学習するように,速さ=道のり÷時間。反応時間は,名前がまさにそれを示すように時間なのだから,時間に対して速いという形容詞は,厳密にいえばカテゴリー錯誤だ。時間は長短という性質をもち,速さは速いか,遅いかだ。まちがった形容詞を名詞につけている。

反応時間の単位は,大抵の場合,秒か,ミリ秒。記録を終えた時刻から記録を始めた時刻を引いたものが反応時間。一方,速さの単位は,分子にある道のり。ある一定の時間あたりに,どれだけ位置に差が生じたかということ。

たとえば,道のりをこなす課題の量だと考えるとわかりやすい。単語が擬似語かを判断する課題をさせるとして,1分間あたりに50試行,これはまさに単位時間あたりのこなした量なので速さ。1分間あたりに50試行は,1分間あたりに25試行より速い。

一つ目のややこしさ:それぞれの関係

ただし,厄介なのが,道のり(に例えられる課題量や認知メカニズム?)が等しいと考えられるとき,そういう特殊な条件の下では,その道のりを移動し終える(課題を完遂する,認知メカニズムを終了する)までの時間が短ければ必然的に速く,その時間が長ければ必然的に遅い,といえるかもしれない。

日常言語であまり使い分けられているとはいえないけれど,速さ(speed)と速度(velocity)と早さ(earliness)は厳密にいえば異なることだと思うひともいる。学校でならったことによれば,速さはスカラーで,速度はベクトルだ。この区別はまだしも,早さは,ある事象の生じた時刻などが相対的に前のほうであるということだ。スタート時刻が一緒で,1kmを複数人が走るとしたとき,ほかのひとよりも早く着くひとがいる。このとき,その早く着いたひとは速く走るのかもしれないし,この条件下で着くまでの時間が短ければ早く着いて速く走るのかもしれない。非常にややこしい。落ち着いて考えたいところだ。しかし,早い反応時間というようないい方の違和感は変わりない。過去に自分もそのように書いてしまった論文があるのだけども。

二つ目のややこしさ:潜在変数と観測変数

もっともやっかいなことは,潜在変数と観測変数の関係,または操作化についてのこと。一般に,潜在変数としてなにかの技能や知識があって,反応時間はその潜在変数の影響を受ける観測変数として考えられることがある。たとえば,英語の読解力というものが少なくても心理測定的な含意のもとで存在するとされ,読解力(という名の潜在変数の値)が高ければ英語を読むのが速い(または読解力が高いひとは,そうでないひとよりも英語を読み終えるのが早い,または読解力が高いひとが示す読解時間は,そうでない人が示すそれよりも短い)といった関係性。または,かなり乱暴に操作化という手続きをして,反応時間は読解能力であると読み替えるかもしれない。この関係性や操作化による読み替えがカテゴリー錯誤の原因かもしれない。

たとえば,研究者のなかに,読解力=反応時間というような置き換え規則があって,さらに,読解力が処理の速さ(processing speed)という側面をもつなどという理論的な先行研究を参照してたりしたら,読解力,つまり処理の速さは反応時間だから,反応時間が速い,というようないい方をついついしてしまうのかもしれない。つまり,読解力やそれに類するカテゴリーの性質を,反応時間という,まったく異なる性質をもつものに転移させているわけ。つまり,潜在変数がもつ性質と観測変数がもつ性質をごっちゃにしている。

できればこのようないい方を避けたい。これは論文全体の解釈にも影響を及ぼすことなので。

安全ないい方

既存の確立された学術領域における標準的な言葉遣いを避けることがよいことかはわからないけども(たぶんよくない),それでも,あくまでも反応時間に関しては,長短と書く方が無難かもしれない。

たとえば,(有意に長いとか短いとかはoutdatedだと思うけども)

  • 条件Aにおける反応時間の平均値は,条件Bにおけるそれよりも有意に短い
  • 条件Aにおける反応時間の平均値は,条件Bにおけるそれよりも有意に長い

または,もっとも安全で,そして汎用的な表現は,

  • 条件Aにおける反応時間の平均値は,条件Bにおけるそれよりも大きな値を取った
  • 条件Aにおける反応時間の平均値は,条件Bにおけるそれよりも小さな値を取った。

これはこれで値が大小なのか高低なのかという問題があるけども,確率変数では最小値と最大値などともいうので,少なくとも変数の期待値を大小でいってもいいだろうと思う。英語では,greaterなどといえばいいかもだ。なんでも単位や形容詞が不安なときは,これが安パイ。

逆に,速いまたは早いを使うのだとしたら,

  • 反応が速い
  • 早く完了する

などといったいいかたの方が誤解を招かないかも。

うん。