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草薙の研究ログ

英語教育関係。でも最近は統計(特にR)ネタが中心。

コストをより要する英語学習法や英語教材がより高い効果を示すさまざまな理由

正確にはいつ頃だったでしょうかね,少なくても昭和中期頃からは一般的に広く認識されていることのように記憶していますが,英語教材詐欺といわれるような一見法外な値の教材を売るビジネスがあります。おそらく,これは現在もまったくないというわけではありません。法律の専門家でないので販売方法が違法かどうかとかいうことはわかりません。

いずれにせよ,「英語学習とお金(またはコスト)」という連想関係はこのことからもわかるように非常に身近な話ではあります。

ある日の授業後,ひとりのまじめな学生さんが私のところに来て,英語教材の相談をしてくれました。その学生さんがこう聞くのです。

「先生,今インターネットや本屋さんにはいろんな教材があるし,英語の力を伸ばすという学校がたくさんあるようですけど,やっぱり高い教材や高い月謝を取る学校の方が英語の力を伸ばすのですか?」

わたしは,非常に面白いと思いました。

「えっと,こういうのはどうだろう,もしも同じ教材をただで手に入れた場合と,販売価格で手に入れた場合があって,まったく同じ条件で勉強した結果,能力に差がつくだろうかといわれれば,私は専門家の端くれとしてそれはないだろうと思っています。でも,高い教材やコストがかかる処遇のほうが,大概の場合は大きな伸びを示す確率がずっと高いと思います」

学生さんが好奇心旺盛な理系の子だったので,長話をしてしまいました。

 

理由その1:割り当てメカニズム

実験環境とは違い,私たちの世界では,教材Aと教材Bの購買者がランダムに割り当てられるということはありません。教材Aが10万円,教材Bが100円であれば,教材Aを購買するひとは,英語の学習によって見込まれる効用が,教材Bを買うひとよりも平均的に高いと予測できます。また,経済的に見て,教材Aの購入者はより多くの費用を英語学習へ投じるという意味では裕福かもしれません。

このような場合,より値段が高い教材の購買者の方が英語の力を伸ばすかもしれません。この教材だけでなくさまざまな教材も得るでしょうし,そもそも英語の力を高めることの効用が高いので,たくさん学習するでしょう。英語の力と社会経済的地位の関係が正の符号を取るだろうこともこのことに関わるでしょう。

たとえば,「聞き流すだけ」の教材に高い金額を支払う層は,他のことにはもっと高い金額を支払うでしょうし,聞き流すことくらいしかできない空いた時間すらも英語学習に割り当てる層なのでしょう。

なので,因果的な意味での教材の効果は不問としても,現実世界では,高い教材を使うひとのほうがそうでない人よりも,大きな伸びを同一期間内に見せる可能性は高そうです。

留学の効果というのにも,この問題はつきまといます。

 

理由その2:効果の検証コスト

教材や処遇の効果を検証すること自体にもコストがかかることは,これまでの外国語教育研究では大事なこととされていません(e.g., 草薙・石井, 2016)。しかし,一般に,コストが高い処遇や教材の方が,そうでない処遇や教材よりも,効果検証のコストを厭わない傾向が見られると考えるのは自然です。このような場合,コストが小さい教育的処遇(これは教育実践でものすごく大事なことですが)は,確率的にその効果について公開されず,日の目を見ないかもしれません。

また,学術的パブリケーションに係るコストも相当なもので,学術的にパブリケーションできなければ,費用が埋没してしまいますので,コストが大きな処遇の方が,徹底的にパブリケーションまでの努力を続けれられる可能性が高くなりそうです。

また,効果測定のコスト(アカウンタビリティ・コスト; 草薙・石井, 2016)は,なにかの研究費などによって賄われている可能性があります。このような場合,研究費や教育費位の運用についての説明責任がより問われます。

なので,そもそもコストを要する教材や処遇の方が,効果に関する情報を持つ傾向が強いはずです。

 

理由その3:「元を取る」心理

効用は,なにも,得てして不明な効果だけで決まるというよりは,値段自体が効用に影響しているというのは経済活動でよくあることです。

人間心理としても,高く支払った分の「元を取ろう」としますから,高い費用を払えば,より多くの時間を学習に費やし,より長く学習を続けるかもしれません。もしそうだったら,高い教材の方が丁寧に勉強に使われるでしょう。

 

理由その4:倫理的な意味での検証の困難さ

もしも,完全にランダムサンプリングをするとか,または割り当てメカニズムを補正するような統計処理を施すとして,さらに盲検法のような要領で同条件の学習を行って効果検証をするにしても,これには倫理的な問題が残ります。

処遇のコストが明らかに異なるものをランダムに割り当てることは,教育的にはあまり気持ちのよいものではありません。例えば,1時間学習するときに自学学習条件と,マンツーマンで教師がつきっきり(コスト高)の処遇を比較するのは,現在の外国語教育研究では倫理にもとると判断される場合があります。

 

長話につきあってくれた学生さんは最後にこういいました。

 

「いや,先生,なんでこんなこと聞いたかというと,僕には高い教材と安い教材にも内容的には全く同じようなことが書かれていて,全然差がわからなかったのです。だから,なにか先生たちだけにはわかるような教材の品質の差があるかと思って…」

「自分が勉強しやすいものを選んでください」

と答えました。