草薙の研究ログ

英語の先生をやってます。

処理速度と反応時間はまったく違うものだってこと

背景

日本の外国語教育研究では,先達のたゆまぬ努力によって1990年代から認知心理学的な研究手法が欧米より徐々に輸入されはじめ,2000年代後半から広く一般化し,今に続く研究の流れを形成した。認知心理学といっても,特に外国語の語彙処理に関わる研究がもっとも盛んであり,これを中心として反応時間を計測する研究が普及した。そして反応時間データを取るような実験は,今日の外国語教育研究メソッドにおけるスタンダードのひとつとなっている。

もちろん,外国語教育研究者は外国語能力の測定に関心をもつので,「外国語をいかに早く処理できるか」という観点は理論的にもとても魅力的であった。時代の背景としてコンピューターや研究インフラの発展とともにそのような測定が比較的容易になり,それに合わせ研究者の関心もオフライン情報からオンライン情報(課題中の行動データ)へ移っていった。

そこで反応時間データは,そのような「外国語をいかに早く処理できるか」を表す指標(変数)として,大部分の外国語教育研究者に認識されるようになった。つまり,処理速度を測るものが反応時間であると。

ただしこれは厳密にいえば少し危ない考え方です

本題

速さって?

小学校の理科の授業を思い出すとよくわかる。まず「外国語をいかに早く処理できるか」を速さ(処理速度)と捉える。

速さの定義は,それがある時間内で一定だと考えると,「単位時間あたりの移動距離」である。60km(移動距離)を1時間(単位時間)で進む速さが時速60kmである。

簡単に,無限に問題数があるテストを60分実施して,60分間で解いた問題数は「速さ」といえなくもない。時速20問です,といった感じだ。

反応時間って?

一方,反応時間データは,普通,ある課題(20問解く)を終えるまでにかかる時間だ。厳密にいえば,記録を開始してから課題ないし試行を終了する反応までの時間。

 

処理速度と反応時間は厳密には同じじゃない!

速さの単位は「距離」(ないし情報処理量)であるのに対して,反応時間は「時間」だ。ここが根本的に違う。このあたりは,ven der Linden(2007)やven der Linden(2009)が詳しい。

もちろん,情報処理が速い機械は早く仕事を終える。なので「時間」を「距離」(つまり速さ)に換算しても悪くない。しかしこれは,機械間で処理する量がまったく同じとしたときのみの話だ。(そしてその保証は現実にはあまりない)

野球のピッチャーについて球速を取り上げるのは,マウンドからバッターまでの距離が誰にとっても同じからだ。

普通の(被験者内)実験研究では,実験操作が反応時間の平均差におよぼす因果を見積もる。このとき「速さ」は普通は統制させるべき要因であり,大抵の場合,個人ないしグループに固有の「速さ」(の分散)は結局誤差に回る。実験操作によって,必要とされる情報処理量(距離)が異なっている「ハズ」なのだから,それを終えるまで時間を測れば,処理量の違い(ないし,認知処理に必要なステップなり,ルートなり)がわかるということだ。もちろん,これはあくまでも速さが一定である(か誤差)としたときの話だ

新幹線で東京から大阪までにかかる時間と,東京から名古屋にかかる時間を比較して,大阪の方が遠い,というようなもんだ。このとき,新幹線の速さに違いがあってはならない。

このように,速さ(処理速度)と反応時間は密接に関わるのだけど同じものではない。しかし,ときにこの点について混乱を招くような書き方をしているような書き手が見られる(e.g., わたし,92ちゃん)。

 

結論

気をつけましょう。

 

引用文献

  1.  van der Linden, W. J. (2007). A hierarchical framework for modeling speed and accuracy on test items. Psychometrika, 72, 287-308.
  2. van der Linden, W. J. (2009). Conceptual issues in response‐time modeling.Journal of Educational Measurement, 46, 247-272.